力道山の弟子として、同じ日に日本プロレスを入門し、同じ日にデヴューした馬場と猪木。
既にその時から運命的な戦いは、始まっていた。

これは、まさに運命的な戦いの歴史である。

第一部

日本プロレス 猪木寛治Vs馬場正平

 

 

闘魂プロレス0勝 引分 0 王道プロレス16勝

※長州ジャパン軍の全日本の参戦試合が明確になりますと、勝敗はかなり異なってきます。
現在、不明の試合が数多くございます。予めご了承下さい。

1951年

 9月  ハロルド坂田らがプロレス興行を開催。
 10月 木村政彦Vsエリオグレイシー実現。
      メモリアルホールにて、力道山デヴュー。

1953年

 7月  日本プロレス設立。

1954年

 2月  力道山&木村政彦Vsシャープ兄弟実現。
 5月  木村政彦が国際プロレスを設立。
 12月 蔵前国技館で木村Vs力道山戦実現。

1957年

 10月 力道山vsルーテーズ実現。


1960年

 4月  馬場正平、猪木寛至、日本プロレスへ入団。
 9月  東京・台東体育館において、猪木は大木金太郎に7分6秒、逆腕固めで敗れる。
      対する馬場は田中米太郎に5分15秒、股さきで勝利。

1961年

 7月  馬場正平、アメリカ武者修行へ出発。

 

1961/05/25 日本プロレス

× 猪木寛至  10分0秒
羽交い締め
馬場正平
1961/05/27 日本プロレス
× 猪木寛至 5分30秒
逆エビ固め
馬場正平
1961/06/10 日本プロレス
× 猪木寛至 9分50秒
エビ固め
馬場正平
1961/06/16 日本プロレス
× 猪木寛至 8分5秒
エビ固め
馬場正平
1961/06/20 日本プロレス
× 猪木寛至  9分19秒
エビ固め
馬場正平
1961/06/28  日本プロレス
× 猪木寛至 11分17秒
エビ固め
馬場正平

1963年

 3月  猪木寛至、アメリカ武者修行へ出発。
 12月 力道山暴漢に刺され逝去。

 
1963/04/25 日本プロレス
× アントニオ猪木  12分3秒
体固め
ジャイアント馬場
1963/07/19 日本プロレス
× アントニオ猪木 17分21秒
体固め
ジャイアント馬場
1963/07/28 日本プロレス
× アントニオ猪木 (2−1)
@馬場(9分20秒体固め)
A猪木(4分56秒体固め)
B馬場(4分51秒体固め)
ジャイアント馬場
1963/08/03 日本プロレス
× アントニオ猪木 (2−1)
@馬場(10分27秒体固め)
A猪木(5分15秒体固め)
B馬場(1分22秒体固め)
ジャイアント馬場
1963/08/09 日本プロレス
× アントニオ猪木 10分26秒
体固め
ジャイアント馬場
1963/08/16 日本プロレス
× アントニオ猪木 (2−0)
@馬場(11分45秒体固め)
A馬場(4分8秒 体固め) 
ジャイアント馬場
1963/09/04 日本プロレス
× アントニオ猪木 (2−1)
@馬場(12分6秒体固め)
A猪木(2分18秒体固め)
B馬場(2分48秒体固め) 
ジャイアント馬場
1963/09/23 日本プロレス
× アントニオ猪木 14分5秒
体固め
ジャイアント馬場
1963/09/28 日本プロレス
× アントニオ猪木 11分55秒
体固め
ジャイアント馬場
1963/10/02 日本プロレス
× アントニオ猪木 12分0秒
体固め)
ジャイアント馬場

1964年

 10月 東京オリンピックに、マサ斉藤、サンダー杉山レスリングで出場。

1966年

 4月  猪木は豊登と共に、東京プロレスを設立。

 10月 東京プロレス旗揚げ戦。(猪木Vsジョニー・バレンタイン)
            東京プロレスには猪木、豊登の他に日プロから木村政雄(ラッシャー木村)、
            斎藤昌典(マサ斎藤)、永源遥、寺西勇、引退していたマンモス鈴木らが参加。

1997年

 1月  国際プロレスとの合同興行を最後に、東京プロレスを解散。

 4月  猪木が日本プロレスへ復帰。
      復帰の挨拶後、外人勢に襲撃された馬場を救出。

※猪木が東京プロレスから日本プロレスに復帰してからは、日本プロレスの二大エースとして同一線上に並べられるようになり、それ以降はタッグを含めて一度も対戦をしていません。

1971年

 5月  猪木、日本プレス コミッショナーに馬場への挑戦状を提出も、差し戻しされる。

 5月  日本プロレス、猪木の馬場挑戦を正式に却下。

 

1971年


 12月 日本プロレスは、会社乗っ取りとして猪木を除名処分にして追放。

 

第二部 新日全日誕生〜長州維新・天竜レボリューション革命 
第三部 邪道の新日参戦〜闘魂三銃士Vs四天王 
第四部 武藤全日本・小川参戦、そして新たなる戦いへ 
第五部 それぞれの道へ驀進 
第六部 新日大量離脱、みのる全日参戦、秋山復権、大森Vs新日本、そして波乱の戦い
 

 

 

 

  編集後記

日本プロレス時代の馬場は、巨人軍という肩書きを持ち入団、
逆に猪木は力道山がブラジルで目を付けて連れてきた少年、
と既に二人にはこの時点での大きな力量に差があったはず。

しかし既に王道を歩いていた馬場に対して、不屈の闘魂で這い上がってきた
猪木の戦いは、まさに闘魂Vs王道であり、その原点の戦いであるのでは。

上記以外でも試合の漏れ等や誤りがあるかと思います。
その為に勝敗が異なってしまう可能性がございます。
あらかじめご了承お願いします。

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