
![]() |
![]() |
|
コロッセウム、格闘技全般のトリビアの泉(無駄知識?)です。



(ローマのトレビの泉)
|
コロッセウムのトリビア |
||
| ●映画『ドラゴンへの道』で、最後にブルースリーが空手家と対決した場所は、コロッセウムである。 | ||
| ●アントニオ猪木が引退式の最後に、リングから新たなる『道』へ歩き出した時、コロッセウムの垂れ幕が 掲げてある。 |
||
|
プロレス的トリビア |
||
| ●石川敬士は、大日本プロレスマットで木村健吾と組んで大日本タッグベルトを奪取した事がある。 | ||
| ●ストロング小林は、日本人初の覆面レスラー『覆面太郎』と名乗っていた時代がある。 | ||
| ●4人の虎が同じリングで競った事がある。 | ||
| ⇒これは、97年10月12日 両国技館で「格闘技の祭典スペシャル」タイガーフェスティバルが 開催され実現しました。
○タイガーキング(初代タイガーマスク)&4代目タイガーマスク
対 2代目タイガーマスクは、全日本の金丸で、初代が2代目を腕ひしぎで勝利しています。 |
||
| ●1987年に開催した『夢のオールスター戦』の第一試合のバトルロイヤルに前田日明と大仁多厚が出場した事がある。
|
||
| ●猪木は、過去に一度だけ、宿敵タイガージェット・シンとタッグを組み勝利した事がある。 | ||
| ⇒猪木は、1990/9/30 横浜アリーナ「アントニオ猪木30周年メモリアル・フェスティバルIN横浜アリーナ」において、タイガージェットシンとタッグを組み、ビック・バン・ベイダー&マニマル浜口とメインイベントを行っている。ちなみに試合は猪木が浜口を体固めで勝利している。この時のレフェリーは、元AWA世界ヘビー級Cのニック・ボックウインクルが努め、ロープエスコートはスーパー・ストロングマシン、後藤達人が行っていた。 | ||
| ●1992年12月天竜WARが新日本へ始めて参戦した時、マットに上がった天竜は、相手を横目にリングサイドに居た猪木に一礼をした事がある。 | ||
|
⇒天竜は石川、北原と組み、平成維新軍越中、木村、青柳と対戦。リング上には維新軍のカブキ等もリングに上がり、一触即発な状態。しかし天竜はマットに上がると同時に、相手を横目にリングサイドに居た猪木に一礼をした。この光景に新日ファンまでが、天竜の男気を感じたのではないか。 |
||
|
●ハルクホーガンが新日本の常連外人だった頃、後藤達俊が付き人をしていた事がある。 |
||
|
● 熱狂的な猪木ファンの石川雄規は、むかし母に「お母さんと猪木とどっちが大事なの」と言われた事がある。 |
||
|
●1986年3月に行われた全日本プロレスVsジャパンプロレスの対抗戦で、対戦カード抽選時、ジャイアント馬場Vs寺西勇が決定した事がある。 |
||
|
⇒結局、寺西の負傷でこの一戦は実現しなかった。ちなみに小林Vs石川、栗栖Vs冬木、カーンVsM井上、長州Vsタイガー、浜口Vs鶴田、谷津Vs天竜戦が実現し、共に2勝2敗2分けでした。詳細は、「闘魂Vs王道の戦い(第一部)」にて |
||
|
●1981年に行われた、レスリング第36回国体少年の部で、優勝者川田利明を苦しめたのは、2年生の山田恵一(獣心サンダーライガー)であった。 |
||
|
●映画『007ゴールドフィンガー』にボンドの敵役で出演し、山高帽をブーメランのように駆使し驚異的な強さでボンドを攻めつけたハロルド坂田は、以前に力道山と組み、アジアタッグの初代王者選手権に出たことがある。 |
||
|
⇒1955年 11月16日 東京・蔵前国技館 |
||
|
|
||
|
格闘技的トリビア |
||
|
●映画『スパルタンX』で、ジッャキー・チェーンはベニー・ユキイデと対決している。 |
||
|
●ブルース・リーの映画『燃えよドラゴン』に、なんとジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウが出演していた。 |
||
|
⇒地下室でブルース・リーに首の骨を折られるエキストラにジャッキー・チェン(成龍)が、オープニングではサモ・ハン・キン・ポーがブルース・リーの対戦役として、ユン・ピョウ(元彪)がエキストラとして出演、ハンの島で正拳突をしている。いずれにしろ後の香港映画を背負って立つスターが勢ぞろいしていた。 |
||
| ●1994年にWARを離脱し東京プロレス旗揚げした石川敬士は、ガッツ石松に異種格闘技戦を直訴した事がある。 | ||
| ⇒その後、ガッツ石松は来場し、対戦要求をやんわり断っていた。 | ||
| ●ブルース・リーは映画「燃えよドラゴン」の中でサモ・ハン・キンポーと武術試合を行う場面がある。その試合で、オープンフィンガーグローブをはめて、なんとヒクソン顔負けに腕を決めて押さえ込み、相手からタップを奪っている。 | ||
|
⇒この頃のブルース・リーは、中国拳法、中国式ボクシング、空手、合気道などをミックスした、截拳道(ジークンドー)を創始していたと。まさに総合格闘技の先駆けかもしれない。 |
||
| ●佐竹政昭は、若い頃、格闘技オリンピックという大会で誠心会館館長青柳政司と戦った事がある。 | ||
|
|
編集後記 トリビアといっても、格闘技ファンにとっては以外と貴重な内容であったりします。 |
|